アンティークジュエリー物語n.75
装いとジュエリー
メアリー・スチュアート 2

このページでは、前回の  n.74 悲劇の女王 メアリー・スチュアート 1  に続いて、メアリー女王のジュエリーやファッションをご紹介いたします。

メアリーは、1542年に生まれてから現在まで、波乱万丈な人生だけでなく、歴史上の「お洒落女王」として、いにしえは肖像画に、現代はファッションのインスピレーションとして映画やデザインに取り上げられ、フランスのマリー・アントワネット、イングランドのエリザベス1世、古中国の楊貴妃、エジプトのクレオパトラに並ぶ稀有な女性です。

「お洒落女王」のメアリーの特徴の一つ、
それは180cmという現代のショーモデル並みの身長でした。
ヨーロッパは高身長の人が多いとしても、1542年生まれとしては、かなり恵まれた体格だったといえるでしょう。

メアリー女王の印章とサイン

たとえばイギリスの、今は亡きダイアナ妃は178cm。
ダイアナ妃もファッションが注目され、世界を旅したプリンセスでしたが、メアリーもスコットランドに生まれ、5歳から19歳までフランスで、その後スコットランドへ戻り、後半生はイングランドと、ヨーロッパを股にかけた女王でした。
現代のトップモデルでジェットセッターのようなメアリー女王、ここから女王にまつわるジュエリーとファッションをご紹介してまいります。

メアリー?

さて、このカメオは「貴婦人の肖像 メアリー女王? 」と銘されているジュエリーです。
源泉はフランスのルイ14世王の「カメオ&インタリオ コレクション」で、現在はフランス国立文書館が所蔵しています。
カメオはオニキスとアゲート2層石で、金のフレームにダイヤモンドとルビーをセットし、エマイユで飾り、サイズは縦57mm、バロック真珠が揺れるルネサンス時代らしいペンダントです。

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説明には、「左向きの肖像、頭部にはディアデムを着け、編んだ髪型にはリボンを巻きつけている。首の後ろ側へ長いヴェールを垂らしている。」とあります。
ディアデムとは、フランス語で「女性用王冠」のことで、幅広ベルト状のヘアオーナメントです。
つまり、王位でないと着けられないジュエリーで、このことからカメオの女性は「メアリー女王」であると考えられています。

若々しい横顔から、メアリーがフランス王妃だった頃に作られたのか、または逝去した1587年以降に、フランス王家の一人のポートレートとして作られたのかはわかっていません。
ただ、今に残る肖像画から見ても、メアリーであることはほぼ間違いがなさそうです。

敬虔なカトリック

もう一つの特徴は、敬虔な「カトリック教徒」であったことです。
カトリックでは、ロザリオという数珠をくりながら祈言をしますが、これはメアリー女王の「ロザリオ」で、1587年の最後の斬首の瞬間まで離さなかったものでした。

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数珠は黄金で、珠は透かしになっており、トップには十字架とキリスト像、十字架の両手と足もとから3珠のバロック真珠が揺れています。かつて、十字架には黒のエマイユ、キリスト像の腰布には白のエマイユ が施してありました。十字架の後ろ面には、聖母マリアとケルビム天使の像があります。

このロザリオは、メアリーの逝去後、アランデル伯爵夫人へ遺贈され、その後コービーの聖職者へ、そしてノーフォーク公爵が受け継ぎ、現在もその子孫の所有となっており、イギリスのアランデル城で一般公開されています。

女王の紋章

1558年以前のものと伝わっている、メアリーの印章リングが残っています。

メアリー女王の肖像 クールエ画 フランス 1558-1560年 イギリス王室コレクション蔵 / リング:ブリティッシュミュージアム蔵

カルセドニーのインタリオ で、黄金のリングには、メアリーの最初の夫、フランス王フランソワ2世の名が刻まれエマイユ で飾ってあります。この印章の図像は、上にご紹介しています。

母と息子

こちらはとても豪華なジュエリーです。
珠つなぎのネックレスは、斬首される直前に近臣で友人であったジル・モーヴレイへ贈与されたと言われるものです。
珠は透かし細工で、当時は練り香水を中へ入れて身につけたものです。こういう使い方はアンティークジュエリーならではですね。

スコットランド国立美術館蔵

ペンダントは黄金製で、メアリー女王と息子ジェームズ1世のポートレートのミニアチュールがセットしてあり、これは女王自身がオーダーしたと伝わっています。
細長い金と真珠のトップは、このペンダントの下へつけたオーナメントと考えられています。

ハートとカメオ

こちらはハート型のペンダント。メアリー女王の肖像カメオを中央に、黄金にエマイユ 、ダイヤモンド、ルビーがセットしてあります。カメオはイタリアかフランスで創作され、フレームはおそらくスコットランドで作られたと言われていますが、メアリーは1561年にフランスからスコットランドへ戻ったときに、たくさんのジュエリーを持ち帰りましたから、どこで作られたかは定かではありません。

ペンダント:スコットランド国立美術館蔵 / メアリー女王と推定される貴婦人の肖像 1570年 ロンドンナショナルポートレートギャラリー蔵

メアリー・シートンへ

続いて、ルネサンス時代らしい多彩なエマイユのブローチです。
1580年頃のジュエリー で、メアリー女王が女官のメアリー・シートンへ贈ったものと伝わっています。
メアリー女王には「4人のメアリー」と言われる女官がいました。メアリー・シートンもそのうちの一人で、4人は女王が5歳でスコットランドからフランス宮廷へ渡った時に、仕えて行った貴族の少女達で、なんと4人ともメアリーという名前でした。
4人は女王と一心同体で、女王も真の友人として非常に大切にしており、1人は最後の斬首の時まで付き添っています。

ブローチ:エリザベス女王コレクション蔵 / メアリー・シートンの肖像 作者不詳 16世紀 フランス国立文書館蔵

下のネックレスとイヤリングも、同じくメアリー・シートンへ贈ったと伝わっています。下のメアリー女王の肖像画では、よく似たネックレスを着けていますね。

メアリー女王の肖像 イギリス王室コレクション蔵 / ネックレス・イヤリング:エリザベス女王コレクション蔵

エリザベス1世のジェラシー

ここでインテリアも覗いてみましょう。
メアリーの雰囲気が伝わる今残っている所には、スコットランドのホリールード宮殿があります。
ここは、現在のエリザベス女王の夏の滞在地で公開もしており、メアリー女王の寝室や食事の間を見ることができます。ちなみに、メアリーは1561〜1567年に過ごしました。

寝室の壁画やオークの木は当時のままで、調度品や、抑えた色合いの美しさは、フランス仕込みを称えられ、エリザベス1世が嫉妬したメアリーのセンスが感じられるところです。

ホリールード宮殿 スコットランド / メアリー女王の寝室

5歳から19歳まで、フランス宮廷で教育を受けたメアリーは、シンプリシティと調和を大切にするフランスの感覚が、身に染み込んでいました。
スコットランドへ戻っても、イングランドで幽閉の身となっても、どこにいてもフランス式宮廷を作りました。

13歳のメアリー女王 クールエ工房画 パリ国立文書館蔵 / 白の女王メアリー 1560年 クールエ画 イギリス王室コレクション蔵

当時は王族という地位なら、非常な贅沢ができましたが、満艦飾でセンスは??? という王侯も多かったのです。
今に残るメアリーの肖像画では、色彩の数を減らし小物でアクセントをつけた、すっきりとした様子で、その印象的な姿は、今も絵画や映画になっています。
例えばこの下の絵は、19世紀のルネサンス・リヴァイヴァルの絵画で、白と黄金のメアリーが描かれています。

フランス宮廷でのメアリー  ジローサンテヴル画 1836年

イングランドのエリザベス1世と比べると、違いがより際立ちます。
エリザベスへメアリーの様子を伝える近臣の仕事には、「メアリーがどんな装いをしていたか」も重要な報告事項でした。
エリザベスは、メアリーより豪華か、美しいか、をいつも気にしていたそうです。あの女王が…と思うと少し可愛らしい感じもしますね。

エリザベス女王 – イングランド / メアリー女王 – スコットランド

ジュエリーとカメオを愛したメアリー女王は、他にもたくさんのコレクションを持っていたことでしょう。
女王として生まれ、称賛、波乱、そして悲劇という、物語のような生涯だからこそ、20世紀のダイアナ妃もそうだったように、伝説となる宿命だったのかもしれません。

さて、主にファッションとジュエリーをご紹介いたしましたが、メアリー女王については、多くの作家が伝記を書いていますし、いろいろな見方があると思えます。
初めて聞いたという方も、よく知っている方も、どんな印象を持たれたでしょうか。
これからも他の王族の物語もご紹介してまいります、どうぞ楽しんでご覧下さい。

▷ n.74 悲劇の女王 メアリー・スチュアート 1 

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