アンティークジュエリー物語n.71
マテリアルの手帖 4
ダイヤモンドをもっと詳しく
古今東西、ジュエリーのマテリアルといえば、主役として、土台として、金やプラチナ、銀といった貴金属に宝石や真珠など、たくさんの種類があります。どれも特有の性質をもち、数千年前から人類の身近にありました。
この「マテリアルの手帖」では、アンティークジュエリーに欠かせない素材についてご紹介してまいります。
◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆
さて前回の《 n.70 マテリアルの手帖 3 ダイヤモンド 》に続いて、アンティークジュエリーならではの古い時代のダイヤモンドについて、ご紹介致します。
まずカットの説明の前に、ダイヤモンド部位を示す用語をご紹介しましょう。
大まかに4つに分けて、上部を「Crown クラウン」、カット面を「Facet ファセット」、境目を「Girdle ガードル」、下部を「Pavillon パビリヨン」と呼びます。
下の画像はブリリアントカットで、より細かく分けた専門的な名称もありますが、一般にアンティークジュエリーのダイヤモンドでも、「ファセット」や「クラウン」などはよく使う言葉ですので覚えておくと便利です。
続いて、カットについてです。
ダイヤモンドは古代インドでは、すでに採掘されており、研磨技術もありましたが、インドではファセットをつけるよりも、丸く磨いたカボション型を好んだため、沢山のファセットのあるきらきらと光る石は、中世ヨーロッパの時代まで待たなければいけません。また古代ローマ時代の遺跡にもカボション型のダイヤモンドをセットした指輪がみられます。
現代では規格が決まったブリリアント・カットが主流ですが、アンティークジュエリーの世界では、それはもう驚くほど沢山のカット方法があります。
まず、ダイヤモンドのカットには、古い順から、「ポイントカット」「テーブルカット」「シングルカット」「ローズカット」「マザランカット」「オールドカット(オールドマイン、オールドヨーロピアン)」「ブリリアントカット」があります( ※ 詳細は最下方を参照 )。ただし、これは基本中の基本で、原石の数だけ形があると言えるほどバリエーションがあり、それがアンティークダイヤモンドの豊かさになっています。
ダイヤモンドの歴史では、ヨーロッパへは中世以降にインドから伝わりました。当初はインドのダイヤモンドのように丸く研磨した石や原石を磨いただけのポイントカットでしたが、1300年代末になると、ヨーロッパの研磨職人がさまざまな形にカットを始め、1400~1500年代にはテーブルカットが登場します。
それまでの鈍い光の石表面へファセットを付けることで輝きが増し、王侯貴族達は希少な宝石というだけでなく、その輝きに夢中になったのです。
1600年代になると、海洋貿易の発達でより多くのダイヤモンドがヨーロッパへ。
カットも、宮廷の蝋燭の下でより輝くように、多くのファセットをつけた「ローズカット」へと移っていきます。
ローズカットは、底が平らで、上に三角形のファセットがあり、形が薔薇に似ていることから「ローズ」カットと呼ばれました。その後、より多くのファセットとパビリオンをつけ、今のブリリアントの出発点と言える「マザランカット」が生まれます。
そして「オールドマイン」「オールドヨーロピアン」が開発され、1800年代末〜1900年代初期には、最初の「ブリリアントカット」が登場し、現代の「モダン・ブリリアント」へと続きました。
続いて「シェイプ」についてです。
シェイプとは形のことで、基本は「ラウンド 円型」。そこからバリエーションを広げ、「プリンセス」「アッシャー」「クッション「ハート」「オーバル」「ラディアント」「エメラルド」「マルキーズ」「ペアー」といった「ファンシーシェイプ」が生まれます。ジュエリーに興味がある方なら、これらの名前を一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
ダイヤモンドの研磨職人は、原石を見極め、いかに美しい輝きを取り出すかに注力し、カットとシェイプを決めていきます。
その仕事は、まるで彫刻家が大理石の塊から、美しい女神を彫り出すがごとくです。
現代のダイヤモンドは、定まった規格のカットやシェイプが99%で、4C(「カラット(重量)」「クラリティ(透明度)」「カラー(色)」「カット(形)」)が商業的な価値基準になっています。
では、アンティークジュエリーのダイヤモンドの魅力は何でしょうか?
それは、バリエーション豊かな石の形と、台座の装飾やデザインにあります。
下のイラストは、19世紀の文献にあるダイヤモンドの形状です。これでもごく一部なのですが、ありとあらゆる形に驚きませんか?
アンティークジュエリーには、一つ一つ違ったカットのダイヤモンドに加え、貴金属の仕上げや他の宝石との組み合わせで「石」の価値に美しさが加わり、世界に一つのジュエリーが作られました。
つまり、全てのアンティークダイヤモンドジュエリーには、規格外の美しさが詰まっているのです。
それがアンティークを選ぶ楽しさであり、惹きつけられる理由でしょう。
商業的価値と光り方だけなら、現代のダイヤモンドで4Cが高い石を選ぶことで十分です。
アンティークダイヤモンドジュエリーには、バリエーション豊かなデザインといにしえの宝飾職人の仕事があり、そこには、素直に夢中になれる良いもの、時代を超える美しさ、素晴らしいものが持つオーラがあります。
ダイヤモンドをはじめ、宝石は地球が生んだ自然素材です。
それを研磨し、形を整え、魔法のような輝きを与えたのは人間です。
どのジュエリーも唯一の作品と言えるアンティークジュエリーには、きっと自分だけのダイヤモンドが眠っていることでしょう。
一期一会のアンティークジュエリーの世界で、貴方のダイヤモンドを探してみて下さい。
◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆
※ 付記 - 主なダイヤモンドのカットについて◯ ポイントカット_point cut
ダイヤモンドのもとの結晶の8面体の、面を研磨したのみのファセットをつけないカット。主に1500年代〜1600年代中頃までのジュエリーに見られる。
◯ テーブルカット_table cut
ポイントカットの上を切り取った形を研磨したもの。1400年代初め頃から1600年代中頃に主流であったカット方法で、その後のローズカットの登場で使用が少なくなる。
◯ シングルカット_single cut
主にメレーダイヤモンド(小さなダイヤモンド)のカット方法で、クラウンに8面、パビリオンに8面の研磨をしたもの。
◯ ローズカット_rose cut
インドでは古くから似たカットがあり、ヨーロッパでは1600年代に始まったとされている。底が平らでパビリオンは無く、上は多数の三角形のファセットをつけたもの。◯ マザランカット_mazarin cur
1600年代後半に登場したカット。将来のブリリアントカットの誕生と言われ、光が入り、パビリオンで反射しクラウンから出る石の輝き、つまりダイヤモンドのもつ高い屈折率を生かしたカット方法。
◯ オールドカット
(オールドマイン_old mine (brilliant) cut、オールドヨーロピアン_old european cut)
ブリリアントカットのごく初期のカット。モダン・ブリリアントよりもかなり厚みのあるクラウンが特徴。オールドマインはガードルが四角形に近く、オールドヨーロピアンは楕円形であるが、規定はなく総称でオールドカットと言われることが多い。
◯ ブリリアントカット_brilliant cut
57-58面体のカット。現代の基本のカットは1919年にベルギーの数学者で宝飾職人のマルセル・トルコフスキーが開発した。ダイヤモンドの屈折率や反射を研究し、数学上、理論的に最も輝く比率を考案し、モダンブリリアントカットのルーツになっており、プロポーションと呼ぶ形状とバランスが決まっている。マルセル・トルコフスキーはベルギーのダイヤモンド加工業の名門トルコフスキー家の一員であった。
◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆
※ 真珠や金などその他の「マテリアルの手帖」は コラムのトップページ からご覧下さい。