アンティークジュエリー物語n.67
マテリアルの手帖 2
真珠

古今東西、ジュエリーのマテリアルといえば、主役として、土台として、金やプラチナ、銀といった貴金属に宝石や真珠など、たくさんの種類があります。どれも特有の性質をもち、数千年前から人類の身近にありました。
この「マテリアルの手帖」では、アンティークジュエリーに欠かせない素材についてご紹介してまいります。

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さて今回は真珠です。
アンティークジュエリーではおなじみの天然真珠、日本がはじまりの養殖真珠、近代の模造パール、英語ではパール、フランス語ではペルレ、イタリア語ではペルラ… 艶やかさ、多彩な色と形、エレガント、優しい、女性らしいなど、真珠には多彩なイメージが浮かびます。
人を魅惑する真珠、いったいいつ頃からどんな人が着けはじめたのでしょう?
私たちが愛する真珠には長い歴史があり、たくさんの逸話に富んでいますが、ここでは特にアンティークジュエリーにまつわることをご紹介したいと思います。

アンティークジュエリー 天然真珠 パール ヒストリー
模造パールのアクセサリー _ 真珠のネックレスを持つ男性 ラ・ハーグ画 1604 – 1671年

古くは3000年〜2000年前のエジプトや古中国で、また紀元前のペルシャやローマで既に知られており、クレオパトラがヴィネガーに溶かして飲んだという逸話もありますが、最初の真珠は、アラビア半島で見つかったと伝わっています。
地中海、ペルシア湾、紅海の3つの海が囲む半島は、紀元前3500年ほど前から人が農耕をし、今に近い暮らしをはじめたメソポタミア文明の場所でした。他には、インドとスリランカ島の間にあるマンナール湾にもありました。

古代のイヤリング 金と真珠 _ 柩の肖像画 古代ローマ属州時代のエジプト

古代オリエントやインドの王は真珠を好み、当時の遺跡からも発掘されています。
地中海世界の古代ギリシャやローマでは、黄金細工のジュエリーへ艶やかな真珠を飾っており、上の画像にある、紀元前1世紀頃の柩に描かれた真珠のイヤリングを着けた肖像も残っています。

千年を超えても艶やかな真珠、
ヨーロッパへは、紀元前4世紀中頃にアレキサンドロス大王がインドまで遠征したことと、古代ギリシャやローマと東洋との交易によって入ってきました。
余談ですが、シルクロードの交易は、数世紀をかけて古中国から日本まで広がっていきました。それは、奈良の正倉院にある、6世紀のペルシャ帝国製とされたガラスの器「白瑠璃碗(はくるりのわん)」が、最近の研究で、もっと古い4世紀の古代ローマのものでは?と言われていることからもわかります。

アランソン公爵 クールエ画 1561年 _ カトリーヌ・ド・メディシスの孫娘 ロレーヌ公爵夫人 1575年 フランス

15世紀のヨーロッパでは、マルコ・ポーロ、コロンブス、バスコ・ダ・ガマといった冒険者達が、大航海で東洋やアメリカへの航路を発見し、中米のベネズエラと、インドのセイロン島で真珠を発見し、ルネサンスの商人たちは世界で集めた真珠をヨーロッパの王宮へ運びました。
今は女性的なイメージの真珠ですが、当時は性別を問わず、宮廷人がもっとも欲しいものの一つで、ジュエリーはもちろん、ドレスへ、帽子へ、靴へ縫い付けて全身を飾っています。
16世紀フランス王のアンリ2世へ嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスは、婚礼のドレスを真珠の刺繍で埋め尽くしたそう、贅沢なメディチ家ならではですね。

真珠刺繍の鹿 イギリス 王立コレクション _ シードパール刺繍 ドレス部分

下の少女はカトリーヌ・ド・メディシスの娘、マルゴ王女で、ヘアジュエリー、ネックレス、イヤリングと、縫い付けたドレスと全て真珠で揃えています。
マルゴは大変お洒落で、大人になるとアンリ・ド・ナヴァール(のちのアンリ4世 ブルボン王朝の開祖)と結婚させられ、野暮ったい夫を嫌ったといいますが、さすがにフランス王宮の王女、真珠色のすっきりとした美しさは、同じ時代の他国の貴婦人と比べても、子供でも趣味の良さを感じます。

マルゴ王女 クールエ画 1560年 フランス

ところで古い時代の肖像画には、山ほどの真珠が描いてありますが、天然しかない当時、そんなにたくさんの真珠、しかも粒ぞろいがあったのでしょうか?
本当のところは、当時の絵はお見合い写真のようなもので、真珠だけでなく、全体に多少は盛ったり修正したり、いわば理想に近づけていたと言えるでしょう。でも、それだけ真珠が愛された証拠だと思えます。
さて、下の一珠は楕円形の天然真珠で、直径3mmほどです。最新機器で調べたところ、8000年前の真珠とわかりました。今、世界でもっとも古い真珠として、アラブ首長国連邦が保存しています。

アラブ首長国連邦 _ 画像原典及び保存

白ではなく、淡い薔薇色が綺麗ですね。
さて、いにしえから男のお洒落は女性より贅沢で奥深いと言われるように、男性も真珠好きです。
左のボヘミアンな人は17世紀のオランダの画家レンブラント、右はカトリーヌ・ド・メディシスの息子で16世紀フランスのアンリ3世で、二人の大きなドロップイヤリングには驚きますね。

レンブラント レンブラント工房 1650年 _ アンリ3世 フランス

下の画では、襟へチェーンで垂らしたスタイルで、揺れるのが素敵ですし、19世紀末イギリスの政治家で芸術庇護者だったバターシー卿は、クラヴァットピンを着けています。
現代でも、カフスボタンやジャケットのラペルブローチ、ピンブローチがありますが、真珠の控えめな艶やかさは、男性の優しさを表しているのかもしれません。

若い男の肖像 レンブラント工房 1640年頃 エルミタージュ美術館蔵 _ バターシー卿の肖像 F.サンディズ画 1872年

ご存知のように、真珠はバイオミネラルです。バイオミネラルとは、生物が作る鉱物のことで、貝殻や歯もそうで、アンティークには虎の歯や鷹の爪を飾ったジュエリーがあります。
真珠は、天然、養殖、バロック、コンク、淡水、南洋、アバロンなどのいろんな種類がありますが、共通しているのは、貝の中へ入った異物を囲むように真珠層を作ることから生まれることです。貝によって、また海の温度や性質、場所によって様々な色や形になります。
残念ながら1980年代頃からは、養殖であっても、海の汚染や大量生産などのために、質の良い珠が採れなくなってきたと言われています。

アンティークジュエリーの魅力の一つは、豊かな種類と形の真珠と出会えることです。ルーヴルアンティークでは、これまでも、これからも、いにしえの真珠をご紹介してまいります。どうぞ運命の真珠との出会いを楽しみに アンティークカタログ をご覧下さい。

当店の真珠のミュージアムピースについて、
カタログの「イヤリング・ブレスレット・時計」に掲載中の、天然真珠を敷きつめた懐中時計と同様のものが、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館に保存されていることがわかりました。このページの ▷  N.1224 天然真珠 懐中時計 ペンダント/アンティークオブジェ 最下方で内容をご覧いただけます。

n.66 シネマ@アンティーク ルイ・ジューヴェ ▷ 

◁ n.68 ルネサンスとフランスと フランソワ1世

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