アンティークジュエリー物語n.46
中世のイタリアにて
聖母マリアのジュエリー

” 聖母マリア ” は、いにしえから絵画や彫刻といった芸術作品の中で、よく見られるテーマですし、特に西洋美術に興味のない方でも、どこかで見た事があるのではないでしょうか。

基本的に、聖母マリアはキリストの母として信仰されていますが、実は太古から世界中にあった大地の母、慈悲と創造の女神というイメージも重ねられていました。
だからこそ、宗教を離れ、人種を越えてなお、創造の源泉として、祈り愛される存在なのだと思えます。


たしかに、どの聖母も癒しと愛に満ちていて、安らぎへ導いてくれるようですし、ジュエリーにも古くから表されていますが、マリア像のジュエリーを着けると守られているように感じます。

さて今回は、中世イタリアの絵画のなかで、聖母マリアが身につけているジュエリーについてお話したいと思います。
時は13〜15世紀、当時の絵画は金彩をふんだんに使った板絵が主流で、ほとんどが宗教画で、祭壇画として、礼拝堂や教会に置かれていました。
絵のテーマは「キリストを抱く聖母マリア」や「東方三博士の礼拝」、「受胎告知」などで、ほとんどの絵に聖母マリアがいます。


贅をつくした装飾で、中世のジュエリーも沢山描いてありますので、当時の稀少な風俗を見ることができます。
絵の中の聖母マリアは、たいていは青か赤のケープをまとい、ブローチを留めていますから、古い絵をご覧になるときは、ぜひ胸元にも注目してみてください。
例えばこんな風に、四角や丸い形のブローチを留めています。
これは金細工で、中央には宝石がありますね。

慈愛の聖母マリア 14世紀 アンサーノ僧作

石は少し黒っぽく見えますが、おそらくサファイアでしょう、サファイアやルビーといった宝石は、当時はオリエントの国から運ばれ、王国貴族だけが手にとったものでしたし、青は聖母の色ですので、最も高貴な貴婦人といわれる聖母に捧げられた宝石として、描かれています。
また、他にはこんな丸いブローチがあります。
金糸刺繍をした白いケープの下へ、密やかに留めています。


この絵の珍しいのは、淡い薔薇色の装いのマリアです。
画家は、薔薇色で聖母の優雅さを強調したかったのでしょうか、青や赤が多い聖母像ですが、このような色の違いも興味深いですね。
この丸い黄金のブローチには、彫金があり、真珠やルビー、サファイアで飾ってあります。

続いて、とても珍しい聖母マリアをご覧いただきましょう。
ブローチをつけている絵が多い中、この絵ではイヤリングを着けているのです。
絵のテーマは天使ガブリエルの「受胎告知」、

受胎告知 14世紀初期 ロレンゼッティ作

マリアのお顔を大きくしてみますと・・・なんとも美しいイヤリングです。
教会の窓のような形に、金の雫が垂れています。
今までさまざまな聖母像を見て来ましたが、イヤリングを着けているのは初めて見ました。

また、ケープに留めている星のブローチも素敵です。
ヨーロッパでは星にはさまざまな意味がありますが、そのうちの1つは、聖母マリアのシンボルで、ラテン語で「ステラ・マリス」と言う星があります。
星もいろんなジュエリーに使われていますので、マリアと同じように、永遠のモティーフですね。

さて続いて、あと2つの絵をご紹介致します。
いずれもブローチで、一つは聖母マリアのもの、

聖パウロと祈りの聖母 15世紀 ピエトロ・ディ・ドメニコ作

四角い金のフレームの角には真珠がセットしてあります。
爪止めも大きく、中世時代らしいデザインです。
そして次のブローチは、教会のステンドグラスや透かし窓にあるような、開いた花の形です。
これはマリアではなく、同じ板絵に描いてある聖人の着けているもので、

マドンナと幼子・聖人  14世紀 ブルガリーニ作

ひとつ上のマリアの四角いブローチを中央にして、彫金のフレームで囲んだようなデザインです。

今回は、聖母マリアのジュエリーについてご紹介しましたが、このような中世の絵では、全てが装飾的で、オリエントの国との貿易でヨーロッパにもたらされた織物や金細工、風俗などが散りばめてあります。
中世の祭壇画は宗教画ばかりで、一見面白く無いと思われるかもしれません。
でも、これらの絵は当時の王国貴族達が、贅を傾けてまで画家に描かせたもので、画家も工房の全力を尽くして仕上げたものばかりです。


そのため今ではもうわからない、当時ならではの風俗や装飾がふんだんに盛り込んであり、細かく見て行きますと、どのモティーフにも意味がありますし、感性で描いた絵よりも、ずっとシンボリックです。

画家たちは、まずは宗教上の定義を描かなければいけませんが、その上注文主に応じて、当時の一番最新で、最も贅沢なものを沢山入れないといけないものですから、いいかげんな空間は無いといって良い程、装飾で埋め尽くしてあります。


つまり、現実そのものを描いたのではなく、理想と希望、そして信仰を描いたと言えるでしょうし、当時の画家の工房が一丸となって仕上げた絵ばかりなのです。
それゆえ500年以上を経た古い絵からも、当時の画家の心映えや、聖母マリアの慈しみが伝わってくるのだと思えます。

中世イタリアの絵を目にされるときがあれば、是非、細かいところまでご覧になって見てください。
いろいろな面白い発見があるかもしれません。
美しいマリア像のジュエリーは当店でも人気です。

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