N°1076 ティファニー – ペンダント型アンティークジュエリーウオッチ

1900 – 1910年代の「ティファニー」のアンティークジュエリーウオッチをご紹介いたします。
トップはカメオと時計のダブルフェイスで、天然真珠(※ シードパール下方参照)のソートワールに加え、別にプラチナチェーンが付属しています。
カメオは黒白層のニコロアゲートへ彫ってあります。
モティーフは、古代神話の狩りと月の女神で森に住む「ディアナ」で、弓を持ち、狩猟犬を伴っています。

ティファニー アンティークジュエリーウオッチ 天然真珠ソートワール付き

ディアナ女神は、古代から絵画や彫刻に表されてきましたが、特に16世紀中頃のフランスでは、当時のフランス王(フランソワ1世とアンリ2世)2代の宮廷で、アンリ2世の寵姫であったディアーヌ・ド・ポワティエを、女神ディアナになぞらえた絵や彫刻がありました。

同じ名前から、才色兼備で宮廷の花であったディアーヌ・ド・ポワティエと、女神ディアナを同一視していたのです。

ディアーヌ・ド・ポワティエの狩猟のディアナ絵画フォンテンヌブロー派画 1550年頃 ルーヴル美術館蔵
狩猟のディアナ フォンテンヌブロー派画 1550年頃 ルーヴル美術館蔵

 

ソートワールは小さな天然真珠をレース状に繋ぎ、規則的にオニキス珠をセットしてあります。
ソートワールには、1900年代初期当時に作る時に使われた宝飾用の素材の色変わりが、つなぎ一部の真珠に見られます。

バチカンとネックレスの留め具は、表面がプラチナ、後面が18金製で、プラチナ側にダイヤモンドをセットしています。

カメオのフレームはプラチナ製で、トップにダイヤモンドがセッティングしてあります。

一番外側から見ますと、縁取りに天然真珠をプラチナ線でセットし、次に面取りしたオニキスがあり、ミルグレーン(粒状彫金)をつけたフレームへダイヤモンドをセットし、カメオをフレームにセットしてあります。

上の画像のカメオの下にあるのは時計の竜頭です。
反対側の時計は、文字盤の方向がカメオの方向とは逆になっています。

これは、カメオ側を表にして着けた時に、トップを手にとって時計を見る時、正方向で見れるように作られているからです。

まだ腕時計を着ける習慣が無かった時代の、ジュエリーウオッチの作りです。

繊細な細工のプラチナチェーンが付属しており、トップはバチカンの部分は ? 型の開閉式で、取り外しができます。

白と黒のコンビネーションが美しいのティファニーのアンティークジュエリーで、
天然真珠のソートワールは84cmで、1900年代はじめのこの画像のように、長く垂らして着けるスタイルです。

時計はすべてオリジナルで揃っており、オーバーホール済で作動します。
時計についてはこちらのページもご覧下さい。

ソートワールについてはこちらのコラムへどうぞ。
アンティークジュエリー物語 n.3 ロングジュエリーの装い ソートワールの魅力

○ シードパール
宝飾用語で、1mm前後のサイズの大変小さな真珠の名称。古来からジュエリーやオブジェへの装飾に見られ、18世紀以降には、細く強固で弾力性のあるホースヘア(馬の尻尾などの毛)を使ったジュエリーもある。イギリスでは主に19世紀に、植物などの形に作ったシードパール・ジュエリーが流行した。日本では芥子の種のような小ささから「ケシ」とも呼ばれている。

○ ティファニー_Tiffany & Co._宝飾商_ジュエラー_美術工芸品店_メゾン
1838年にアメリカ、ニューヨークのマンハッタンにて、チャールズ=ルイス・ティファニー(1812-1902)とパートナーのJ・B・ヤングによって装飾品店として創業した。
チャールズ=ルイス・ティファニーの妻は、ジョン=B・ヤングの妹で1839年に結婚している。
チャールズ=ルイス・ティファニーのキャリアは、15歳の時に、綿事業をしていた父の小さな雑貨店での販売員からはじまった。その後、父から借りた1000ドルを元手に、J・B・ヤングとともにニューヨークのマンハッタンに小さな店を出し、クリスタルガラスや陶磁器、銀器、ジュエリー、時計などの贅沢品を販売し、1841年にはもう一人のパートナーのエリスを加え、店名をティファニー、ヤング・アンド・エリスと改名した。
店は最高級品だけを扱い、陶磁器とボヘミアクリスタル専門店としても知られるようになった。
また、1848年のフランスでの2月革命により王侯貴族から宝飾品を買い取り、アメリカで紹介し、またダイヤモンドへ投資を行い宝飾事業に成功する。
ここからチャールズ=ルイス・ティファニーは本格的に宝飾品の創作と宝石販売に重点をおくようになり、それがアメリカの偉大なジュエラーの始まりであった。
1853年にチャールズ=ルイス・ティファニーが全権を持ったのちは、店名をティファニー&Co.とし、1850年にはパリに、1868年にはロンドン店を構える。家具、ブロンズやガラス製品、絵画、銀製品、陶磁器、ジュエリー、時計など幅広いジャンルの美術工芸品を手掛け、アメリカだけでなく、ヨーロッパの製品をアメリカへ紹介した。
1877年にはフランス王家のジュエリーの一部を買取り販売し、宝飾商としてのさらなる名声を上げた。
1878年には南アフリカで採掘されたイエローダイヤモンドを購入し、128.54カラットの「ティファニー・ダイヤモンド」としてメゾンのシンボルにしている。6本立爪のダイヤモンドセッティングをデザインし、ティファニー セッティングと呼び、アメリカのキング・オブ・ダイヤモンドと言われた。
チャールズ=ルイス・ティファニーは、メトロポリタン美術館のパトロンであり、ニューヨーク美術協会の創設者のひとりでもあった。アメリカの発明家トーマス・エジソンとともに、劇場用照明器具を制作し、ブロードウエイのショーの発展にも貢献している。
1902年のチャールズ=ルイス・ティファニーの逝去後、息子のルイス・コンフォート・ティファニー(1848-1933)は、メゾンを引継ぎ、経営者として、アーティスティックディレクターとして、ガラスランプやステンドグラスの芸術家として活躍した。
アメリカの製品だけでなく、フランスの芸術家、エミール・ガレやドームといったガラス工芸品や絵画をニューヨークで紹介し、特にハイジュエリーは主にフランスの工房や芸術家から買い付けや創作オーダーを行い、ティファニーの名でニューヨークで販売もした。
1920-1940年代にはアールデコ・スタイルを発表し、1939年のニューヨーク万国博覧会で大成功をおさめる。
戦後は、1955年にアメリカの実業家ウオルター・ホービングがティファニーの株式を取得し、経営者の一員となり、数々の宝飾デザイナーとコラボレーションも行い、経営を立て直した。
コラボレーションの第一人者がジーン・シュランバーゼー、その後エルサ・ペレッティ、ジーン・ムーア、パロマ・ピカソと続き、シュランバーゼーのジュエリーは、ジョン・F・ケネディ大統領夫人ジャクリーヌの御用達として知られている。
1979年にエイボン・プロダクツ社がティファニーを買収し、現在はLVMHの傘下となり、経営が創業者のもとを離れたのちも、ティファニーは世界で最も有名なジュエラーとして続いている。

ティファニー 
1900-1910年代
素材: 天然真珠・ダイヤモンド・ニコロアゲート・オニキス・プラチナ・18金・時計
サイズ:トップL5.2cm W3.5cm D0.7cm
ソートワールL84cm 
付属チェーンL50cm
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Jewelry Watch
Jeweler: Tiffany & Co.
1900-1910s
Material: Natural pearl, Diamond, Agate, Onyx, Platinum, 18k gold, Watch
Size: Top L5.2cm W3.5cm D0.7cm
Pearl necklace L84cm
Chain L50.0cm
Price : Please contact us ▽

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